自分的『賽は投げられた』場面…の続き

賽は投げられた』という記事の続きです。


自分の中では、前回お伝えしたことで従来の関係は解消される方向に動き始めたと考えていたのですが、少々異なる動きがありました。
(結果は変わらないのですが…)


私の方が数年にわたって熟考を重ねて出した結論(師匠もご存知)なのですが、離れることをお伝えした翌日に『話したい事がある』との事。
指定された時間に師匠の事務所へ赴きお話を聞いてみると、以下のようなことを言われました…

  • 私が殆ど全ての主体となり対応していたお客様だから、それからの引継ぎは大変なことが予想される。
  • そのため可能ならばこのままの関係を継続したい。
  • そちらの生活の安定を考慮して月々渡す額は平均化する。
  • 受け持っているお客様は今後増やさない。
  • 空いた時間で自分の思う通りの業務を行えばよい…等


私はかねてより『生活を確立させたい』とお伝えしてきました。
確立とは、収入を一定程度アップさせて自分の生活を確固たるものにしたいという意味でお伝えしてきたつもりなのですが、残念ながらそう受け止めてはもらえておらず、従来頂いていた報酬額(年により変動します)の1年分の総額を単に12で割ったような額を、さも破格の条件といわんばかりの表現で提示されたに過ぎませんでした。


またその時すごく違和感を持ったのが、今後の事に関する契約書を一方的に用意されていたこと、そしてその契約書は控えを預かれないこと(その場で見て契約するか否か決めて欲しいということ)、たかだか1日考えた程度の案をご訪問した小一時間程度の間で決着させようとされたこと等々、自分の頭の中で整理すればするほど理不尽に思えるものばかりとなってしまったため、一旦『考えさせて欲しいので時間を下さい』とお伝えし、結論は保留にしました。


ただ、帰って今一度上述のような相手方の行為を思い返してみると、もうなんというか正常・対等と思われるような契約じゃないんですよね(汗)。
契約書は作っているものの内容を精査するための時間は与えて貰えない、控えも貰えない、契約内容はこちらの意見は一切含まれていない一方的なものだし、何より従来の内容と実質的に何の変化もない。。。
これでよく当方の離れた心を引き留められる(引き戻せられる)と思ったもんだなぁと、非常に不思議に、そして残念に思いました。
多分引き留められないだろうけど、引き留められればラッキー程度の話し合いだったという事なのかなぁと思ってしまうと、何だか虚しさだけが残っただけの小一時間でした。
この程度の評価だったんだなあ…と。


そして数日後改めてお伺いし、頂いたご提案はご遠慮させて頂くことを回答しました。
個人的にその時驚いたのが、私がご遠慮したことがとても想定外のような反応だったことです。
本当に提示してきた案で私が受け入れると思っていたようなのです。
こちらが数年前より現況では生活ができないとお伝えし続けているのにです。


当初は、お話しの流れ次第ではこちらも希望案を提示して、受け入れてくれそうであれば今一度話し合う方向も視野に入れていたのですが、想定外の反応を目の当たりにして、『あぁ、双方の考え方にはちょっとやそっとでは折り合いがつかない深い溝があるな…』と感じ、最終的にはご提案頂いた内容についてお断りのみし、話し合いを終結させるに至りました。


まぁ、今(本記事作成時)思い返した段階では、これで良かったと思っております。
あのままの流れでその場で慌ただしく契約を結んだとしても、契約内容をじっくりと見せて貰えないとか、取り決め以外の内容がコロコロ変わるとか、そういう理由でもう心を乱されたくないと考えたからです。
多分きっと数年後、『あの時軽率に約束しなければよかった…』とモヤモヤしている自分が容易に想像できたからです。


やはりこちらが長い年月掛けて出した結論を覆すには、まず最初の段階でじっくりと話し合あって、相互の合意のもとに条件を1つづつ作り上げるなどの姿勢は見たかったと、非常に残念な気持ちになりました。
(そこまでして留めおきたいとは思われていない自分の力不足なのでしょう)


しかしながら、結局のところ自分の中では当初から決まっていた結論となりました。
無駄に気持ちを揺り動かされることなく、自分は今後も引き続き冷静さを保ちながら自らの道を突き進みたいと改めて思うのでありました。

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