歴史の名言に学ぶ 兵法三十六計(勝戦計:瞞天過海)

このコーナーのきっかけとなった『兵法三十六計』を早速調べてみたいと思います。
著者は壇道済(たんどうせい)という魏晋南北朝時代の宋の将軍という事です。
兵法三十六計は、『三十六計逃げるに如(し)かず』の語源で、形勢が不利になったときは、あれこれ思案せず逃げてしまうのが一番だという意味から転じて、面倒なことが起こったときは逃げるのが得策だという意味に使われているようです。


確かに、形勢が不利になったのであれば撤退するというのは、被害を甚大にしないためのセオリーだと思います。
しかしここで大事なのは、形勢を客観的に見極めることのできる力だと思います。
不利かどうかすら分からなければ、逃げるタイミングすら決められませんもんね。
案外、その見極めが難しいんじゃないかと思うのです。
例えば、現代でいえば米中が経済戦をガンガンやっている最中です。
これについて、いつ、どちらが最終的に勝利するのか、あるいは別の結末で幕を閉じるかなんてことは、多くの人がちょっとやそっとでは分からないのではないかと思うわけです。


…と、話が脱線してしまいましたが、今回は『瞞天過海』を取り上げたいと思います。
読みは『まんてんかかい』、訓読では『敵をあざむいて海を渡る』、勝戦計(こちらが主導権を握っている場合の定石)の一つらしいです。


上記リンクの具体例の箇所に、三国志で有名な太史慈のエピソードが出てきます。
太史慈が敵の包囲網を突破するための策として、城外で弓の稽古だけを連日のように行い、敵に弓の稽古をするためだけに城外に出ると思わせ、警戒心が薄れたころに包囲網を突破したのです。


このエピソードでもやはり相手の警戒心が薄れたころの『見極めが』大事であるという事ができそうです。
早すぎるとまだ警戒されているし、遅すぎると(食糧不足等で)場内の友軍が疲弊し全滅してしまうし…となります。
自身を含めた周囲が焦る状況下で、いかに冷静でいられるかそれを見事にこなせた太史慈は、やはり歴史に名を残せた英雄だったという事なのでしょう。

歴史の名言に学ぶ

ここでは『歴史の名言に学ぶ』と称して、古より語り継がれている言葉を改めて学び、自分自身の糧にしたいと思っております。


遅ればせながら、昔よりある言葉はやはり意味があるなぁと感じ始めた今日この頃です。
このコーナーを通じて学んでゆきたいのは、ことわざや故事成語をもう一度見直してみたいこと、中国の兵法書にどんなものがあるか知りたいこと(やりたいと思ったきっかけとなったのが『兵法三十六計』なのです)、聖書を読んでみたいこと、その他自分の知らない歴史の書物を少しずつしりたい…などと思っています。


解釈は一般的ではないかもしれませんが、知らないよりは知っている方が(少しは)マシというスタンスで学び進めてゆきたいなと思っております。

Python等の学習の足跡を残してみることにした。

私は2018年5月頃からPythonの勉強を始めました。
基本的に毎日最低1時間はやるように努めています。
日々の学習時間が少ないため、まだ何者にもなれていないレベルです。


プログラミングというレベルの話ではないですが、これまでの関連する経緯を少し。
私は2008年頃から趣味レベルのWebサイト運営をやっております。
(当時から2018年までは、学んだことはなく『表示できればよい』というスタンスで更新をしておりました)


HP作成ソフトは、『ホームページZERO』や『ホームページビルダー』を使用しましたが想像通りのものが作れず挫折して、最終的に『SIRIUS』に落ち着き現在に至ります。
(うろ覚えですが、Microsoftの『スモールオフィスビジネス』みたいな名前でWebサイトを運営できるサービスありませんでしたっけ?それも一時期使っていたような記憶が入力しながら思い出されてきました)


更新ペースは不定期で長期間サボってしまったこともありましたが、今まで何とか継続することができております。
中でも『Google PageRank』が流行していた時期は、すごくサイト運営に熱中したことを覚えています。
PageRankの存在を初めて知った時、メインで運営しているWebサイトのランクは『2』でした。
最終的に『5』まで上がりましたが、PageRankが廃止されることで終わりを迎えました。
あの時のRankが上下する一喜一憂具合が、今思い出してもフフッとなります。


話は元に戻りますが、2018年5月までは『ソフトの力を借りながら運営できればよい』という浅い考えでしたので、Pythonはおろか、HTMLやCSSもろくすっぽ知らず、ページを作る際に上手くゆかない部分をネットで調べて公開するというという、まさに『その場しのぎ』の運営をしておりました。
ですので、学習は本当にゼロからのスタートとなります。


Python学習を始める前にRubyも学んでみました。
学んだ場所は、オンラインプログラミング学習サイトのProgateというところです。
(利用したプランは、月額980円のプラス会員というものです)
Progateは、学習単位ごとにスライド形式で学習内容がイメージ図や文章などでまとめられており、それを1ページずつめくりながら学習を進めてゆきます。
めくり終えると、最後に問題が表示されて解答できればクリアというような流れで進めてゆきます。


お恥ずかしい話ですが、Rubyの学習を始めた動機は特になく、『何かを始めたいのだけど、何から始めたらよいか分からない』というのが正直なところでした。
そこでRubyの全過程を終わらせはしたものの、はっきりとした目的意識がなかったため続かず、何となくRubyの近くに表示されていたPythonの名前に惹かれてこちらの学習を始めることにしました。


Pythonの学習を始めてみて感じたことは、Rubyに似ているという事でした。
後で知ることとなるのですが、一つの言語を覚えると応用で調べながら実務をこなしていくということが、とあるネット記事に書かれておりました。
どの言語を学習しても、基幹部分はそんなに違わないのかな?と最初に感じたときでした。
(表現的にあっているかは分かりませんが、武士道と騎士道のような感じ?通じるところはあるというニュアンスを個人的には感じました)
そのため、 Progate内のPythonレッスンについては、つまずくという感覚はなく、スイスイ終わらせることができたと自分なりに思っております。


Progate内のPythonレッスンを何周か終わらせ、次にチャレンジしたサイトがpaizaラーニングというところでした。
paizaラーニングは、レッスン内容が動画形式でまとめられております。
声優さん(だと思います)がその動画の説明をしてくれますので、それを聴きながら学習を進めるという流れになっております。
paizaラーニングでのPythonレッスンも量が豊富で大変勉強になりました。


Progateとpaizaラーニングのレッスンを終えて感じたことは、同じ初級クラスの位置づけと思われるレッスン(初級編とか入門編とか)でも、学習内容が結構異なるんだなと感じました。
(Progateで学んだことがpaizaラーニングでは出てこなかったり(出てくるのが遅かったり)、その逆でpaizaラーニングの入門編で初めて学習したという内容のものもありました)


paizaラーニングでもその当時に公開されていたレッスンを何周か終わらせまして、次にやり始めたのがPyQというところです。
PyQはまさにPythonに特化したオンラインプログラミング学習サイトのようです。
PyQの学習方法は、まず一つのコードの写経(答えどおりに写す)を行いクエストを進めてゆくと、次に答えが表示されない類似問題が出題されるのでそれを解答するといった流れで進んでゆきます。


PyQは課題の量がとても多く、私は2018年10月頃から登録しているのですが、2019年6月時点でようやく初級が終わりそうといったところです。
(つまづいたところを何度も繰り返ししているので余計に遅いです)


ですので、今は学習のメインとしてPythonをPyQで学びながら、気分転換にProgate等でHTMLとCSSを勉強しているといったところです。


一日でも早く実用的に使えることを目指して学習に取り組んでゆきたいと思います。

自分的『賽は投げられた』場面

『賽は投げられた』
ローマのユリウス・カエサル(シーザー)がルビコン川を渡る時に発したという、とても有名な言葉です。
私は、このセリフを『もう後戻りはできない、あとは自分の信じる道を進むのみだ』というような意味に解釈しています(細かい部分は一般的な解釈と異なるのかもしれませんが…)。


シーザーの生年月日は紀元前100年7月13日という説があり、またルビコン川を渡ったのが紀元前49年1月10日との事なので、およそ50歳頃のセリフであるという事ができます。
酸いも甘いも熟知している年齢での発言と考えると、より一層言葉の重みや深みを感じることができます。


…実は私もつい先日、『後戻りはできない』という行動をとりました。
シーザーの行ったような歴史に残る命懸けのものには遠く及びませんが、私なりに十数年間コツコツと積み上げ続けてきた仕事における関係を、もしかしたら一気に瓦解させるかも知れないというような行動でした。


仕事における関係とは、端的に言うと『師弟の関係』かつ『元下の関係』です。
お察しのとおり、私はその関係の解消を申し出たのです。


私は、『弟子』で『下請』の立場でした。
師匠には業界のイロハから仕事の心構え、ノウハウなど、ありとあらゆる事を教わりました。
もちろん師匠の知らないこと・未経験のことも多々ありましたが、それを解決するための道筋となる第一歩目のアドバイスをいつも頂いていました。
この面においては、非常に大きな恩義を感じています。
その反面で師弟関係となる当初に言われるがままに定められた条件(中間マージン的なもの)を、特に期限を定められることもなく引かれ続けられることとなってしまいます。


最初の数年であれば、修行中の事よと割り切って乗り切ることもできたのでしょうけれど、引かれ続けることによる慢性的な生活苦に加えて、自分ももう中年期…この状態が今後いつまで続くのか分からないといった不安もあいまって、思い切って別の道を歩むことを伝えました。


伝えることで、これまでの鬱積の大半が消え去ったと同時に、上述のとおり『もう後戻りはできなくなったのだ、これからは自分の決めた道を信じて前に進むしかないのだ』という想いが強く出てきました。


多分、自分なりに数年間をかけてかなり真剣に考え抜いて、何度も何度も共存共栄について話し合って、結局平行線に終わり続けた結果の事なので、自分が最終決断をした方向性について大きな後悔はしていないと思います。
生活苦に耐え続け、もうこれ以上の継続はムリだろう…といったタイミングで切り出したことですから。


しかし、別の道を歩むことを伝えてからフト思い出すのは、関係性が上手くいっていた初期~中期の頃の思い出ばかり。
最初は自分も報酬なんて少なくても良い、仕事さえ覚えることができればと思って業界に足を踏み入れました。
その頃は師匠も『責任は自分が持つから』といつも言ってくれ、頼りがいを感じる温かな言葉で私の不安な背中を押してくれたりして、困ったことがあれば何でも相談していました。


それがいつの頃からか自分も少しずつ仕事を覚えてゆき、コツをつかみ、一人で対応をすることが通常になりました。
しかしそれとは反比例するかのように『責任は自分が持つから』というセリフが師匠との会話からすこしずつ消えてゆきました。
そして最後には、仕事は私自身がその殆ど全てを行い、最初に決めた条件だけが変わらないまま金銭の授受を繰り返すという状況が残り、ただただ年月だけが経過してゆきました。


数年前のある時、師匠はこう言いました。
変わらないものは何もないと。
自分が一人前になれば、条件も少しずつ変わってゆくかもしれないと信じて私も自分なりに努力し続けてきました。
その期待とは裏腹に、条件は最後まで変わることはありませんでした。
変わらないものはあったのです。
当時、私は思いました。
いずれ変わるかもしれないものであっても、変えなければならない時はあると。
そしてその時は自然に委ねるではなく、自らの頭で決断すべきではないかと。


そして転機が訪れます。
少し前、ネット上で『相手に変化を求めてはいけない、自分を変えてゆくべきだ』というような内容の記事を読みました。
その記事を読むまでは、こちらの窮状を訴えて何とか条件の改善を話し合いで解決したい(共に歩むことを前提にした話し合いをする)という考えの下に行動をしていたのですが、それはまさしく相手に変化を求めていたのです。
しかし自分を変えることは自分の判断のみですることができます。
そう、変わらなければならなかったのは、自分だったのです。


シーザーがルビコン川を渡ったのが50歳の頃。
私はまだその年齢にも届いておりません。
人は歳をとればとる程、あらゆる可能性を熟考してしまうがゆえに決断のスピードは鈍るものです。
しかし、後戻りできないほどの大きな決断をするのに年齢は関係ないのです。
必要なのはこれから起こり得る選択肢を可能な限りつまみ出し、その中からよりよい道筋を見つけ出すこと(失敗する可能性を少しでも低くする)と、決断をするタイミング。
…まぁ、時の運にもよるのでしょうけどね(汗)


今の私がどれほど実践できているのか…、不安な背中をそっと押してくれる頼りがいのあるあの温かな言葉は、もうそこにはありません。
これからはその言葉の役割も、自分自身が担うべきものだと再確認した日でした。

freebitcoinで9972が出た♪

昨晩に引き続きボーナスナンバー(9972)が出ました♪
通常(0~9885)であれば0.00000006BTCしか貰えないのですが、0.00000176BTC貰えることになります。
(※貰える数は、相場によって変動しているようです)
画面中央に、【ラッキーナンバー:ペイアウト】の表(白地の部分)があるのですが、私はまだ3段目以下のナンバーにはお目にかかったことがありません。
いつかは出ることを期待しつつ、日々ルーレットを回し続けてます。


freebitcoinのサイトへ(注:英語表記)
サイト内の関連記事はこちら(現在復旧中です)♪

再始動

2019年6月23日に始めたばかりの『おかえり家』ですが、もう1つ運営しているサイトのワードプレスへの移設作業を行っていた時に誤った操作をしてデータが消えてしまいました(7/5の夕方頃…両方のサイト共…涙)。


こちらの記事は、まだ左程多くなかったのですが、他方の方は200記事程入れ込んだ後でしたので、消えたときに少々冷や汗が出てしまいました。


放心状態になることはなかったのですが、消えた直後より他方のサイトをWordPressで1から作り直し、ようやくレイアウトとかそういった作業が終わり、あとは日々の投稿のみとなったので、引き続きこちらの再生の着手を開始しました。


いきなり手痛い洗礼を受けてしまったわけですが、まだWordPressを始めたばかりの時期の少ない分量だったため被害が少なくて済んだとプラスに受け止めて再開を頑張りたいと思います。